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個別記事の管理2015-09-03 (Thu)
6月の末に夫から「マカオに行って見ようと思うけど行くか?」

と声が掛かった。

二つ返事で「行くよ~~~!!」

「もしかしてカジノ?」

「カジノは無理。行って見るだけ・・・」



ず~~~と香港の中だけだったのでそれでもよかったのだ。


マンションの窓から見える景色で、いつも気になっていたビルがあった。

赤い線が2本入った紺色のビルだった。

「あそこがマカオフェリーターミナルだよ。」

と言われていた。



香港・部屋から見た上環方面-1-4
マンションの窓から見えるマカオフェリーターミナル(1991年)




その日は非常に良いお天気だった。

早めに家を出て地下鉄で「上環(ションワン)駅」に行った。



なんだかワクワクする。



マカオに行くにはパスポートが必要になる。

チケットを買っていざ乗船。 ジェッ船は早い。

約60分で到着。



マカオに到着し、地図を頼りにあちこちを見て歩く。

街並みはポルトガル領なので香港とはかなり違ってとても綺麗だ。



昼食は夫が友達から教えて貰ったと言うレストランへ入った。

一応ポルトガル料理らしかった。



聖ポール天主堂跡

まさにマカオの象徴ともいえる建築物、聖ポール天主堂跡。

1602年から1640年にかけて建設され、完成当時は荘厳な姿で

丘の上に建っていた教会だったが、1835年の火災によって焼け落ちてしまったため、

教会の正面の壁と68段の階段だけが残る現在の姿となった。


建設当時、日本ではキリシタン弾圧の下にあり、多くの日本人キリシタンたちが

マカオへ渡って教会の建設に携わった。

教会地下には天主堂芸術博物館と納骨堂があり、日本人キリシタンの

殉教者の聖骨も納められている。


危うく傾いている構造物が破壊されるという声に抗して、マカオ文化局のもとで

歴史的経過を研究するために、1990年から1995年にかけて遺跡が発掘された。

地下納骨堂と基礎が掘り出され、建物の建築計画が明らかになった。


日本人キリスト教徒の殉教者や、イエズス会の神学校コレジオの

マカオでの設立者アレッサンドロ・ヴァリニャーノ神父を含む修道僧の遺骨とともに、

数多くの宗教遺物も一緒に発見された。


これらの遺跡は、マカオ政府によって復元され博物館となり、そしてファサードは、

今、ファサードの美しいもとのままの状態を残すような方法で、コンクリートと

鋼鉄で支えられている。

鋼鉄製の階段で、旅行者は、背面からファサードの上段まで登ることができる。

幸運のために、階段から遺跡の上段の窓に硬貨を投げることが習慣となっている。
(ウィキペディア引用)



マカオ・セイントポール天主堂跡②-1
マカオ 聖ポール天主堂跡 (画像お借りしました)


我々がマカオに行った1991年はまさに遺跡の発掘中であった為に

足場が組まれてこの様な状態だった。


香港1991年5月3回目の香港(マカオ②)-1
マカオ 聖ポール天主堂跡 (1991年)



続く


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