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個別記事の管理2015-02-14 (Sat)
1980年8月に松山へお墓参りに行った帰り、

松山から広島へ渡る途中に「音戸の瀬戸」

と言う日本一狭い海峡を渡るのだ。


松山から広島の船音戸の瀬戸1980年8月473
松山から広島へ渡る船の中から撮影した「音戸の瀬戸」 1980年8月
およそ八百年前、平清盛が切り開いたと言い伝えられている



音戸の瀬戸

音戸の瀬戸(おんどのせと、旧表記:隠戸ノ瀬戸)は、広島県呉市にある

本州(警固屋)と倉橋島(音戸町)の間に存在する海峡のことである。

幅はわずか90m程度、可航幅が60mしか無く、一日の船舶の通行量は約700隻で、

最大で4ノットと潮流が早く、狭い所を広島市と松山市を結ぶ定期船など

1000トン級の船が行き交う船舶の往来が激しい海域である。



日本一短いとされる海上定期航路(音戸渡船)も就航している。

また、南端最狭部にはアーチ橋とツツジで有名な音戸大橋が、

北端には2本目の橋である第二音戸大橋がかかっている。


音戸大橋と音戸渡船
現在の「音戸の瀬戸」



この海峡は平安時代日宋貿易の航路として、1167年に

平清盛開削したといわれている。


一日で工事を完了させるために夕日を招き返したという伝説がある。

また、工事安全祈願のために人柱の代わりに一字一石の経石を

海底に沈めたともいわれる。



1951(昭和26)年には県史跡に指定された、

周囲49mの石垣に囲まれた塚の中央には、

供養のために立てられた石碑がある。


供養のために清盛塚を建立したといわれている
供養のために清盛塚を建立したといわれている




平清盛ゆかりの土地であることから、開削800周年を記念して、

立烏帽子直垂姿の平清盛が日没の方向に扇を向けて立つ姿の

2.7mの銅像「日招像」

瀬戸の東側の高烏山麓「音戸の瀬戸公園」内


1967年(昭和42年)7月に建立された


瀬戸の東側の高烏(たかがらす)山麓にあって瀬戸全体を見渡せる

「音戸の瀬戸公園」がある。


公園内には多数のサクラとツツジが植栽され、

それぞれの開花時期には花見でにぎわう。

特にツツジは音戸大橋登坂路の両側道路用地斜面にも植えられ、

一体となって立体的な景観となる。


音戸の瀬戸公園
音戸の瀬戸公園
(ウィキペディアより)


機会があって今度ここを通る時は

つつじの季節に車で通って見たいものだ。

さぞ美しい事だろう。




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