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個別記事の管理2016-02-18 (Thu)
黒と白のラッフルズ卿の像

シンガポールをイギリス植民地として開発したスタンフォード ・ ラッフルズ卿が

1819年1月28日に初めてシンガプーラSingapura(「ライオンの町Lion City」を

意味するサンスクリット語)のこの地に上陸した。


1824年8月イギリス東インド会社はジョホールのフサイン・モハマド・シャー国王から

この島を買収した。その結果、シンガポールは1824年に正式にイギリス領となった。

さらに1826年にシンガポールはペナンやマラッカとともにイギリス領インド所属の

植民地となり、さらに、1832年には「海峡植民地」(~1946年)としてまとめられた。

シンガポールは、1942年2月日本軍に占領されたが、終戦後の1945年9月

イギリス軍政下に置かれた。

1946年3月イギリス軍政が終わり、海峡植民地が解散した。

そして、1946年4月1日イギリス直轄植民地となった。

1963年マレーシアとともにマレーシア連邦形成したが、1965年分離独立して

シンガポール共和国となった。


1819年1月28日に初めてシンガプーラSingapuraに上陸し、何もない未開地だった

この地を貿易の中継地点として繁栄させたラッフルズ卿の功績はとても大きく、

現在でもシンガポーリアンに慕われている。



黒いラッフルズ卿の像

建物の前庭の中央に見えるブロンズ製の黒い像はラッフルズ卿の像。

バックの建物はビクトリア・コンサート・ホールおよびビクトリア・シアター。

この黒いラッフルズ像は、1887年6月27日、シンガポールがイギリスの海峡植民地時代、

ビクトリア女王在位50年を記念して、2万ドル以上をかけイギリス人彫刻家

Thomas Woolnerによって制作されたオリジナルの像。

当初はセント・アンドリュース教会に面しているパダン(広場)の中央に高さ8フィートの

ブロンズ像がGranite(花崗岩)の台座の上に設置されました。

その後、1919年ラッフルズ上陸100年を記念して現在のビクトリアシアターに移設された。



シンガポール 1994年5 月(3日目)ラッフルズ像(ビクトリアシアター&コンサートホール 224 (2)
1994年5 月(3日目)ラッフルズ像(ビクトリアシアター&コンサートホール)




”黒い”ラッフルズ卿の像
(画像お借りしました)




白いラッフルズ像

この黒いラッフルズ像の鋳型を取り、全く同じ大きさでラッフルズ卿上陸150年の記念碑として、

上陸地点に設置されたものだ。

この像の台座には「スタンフォード・トーマス・ラッフルズ卿(1781-1826)が1819年1月29日に

初めてこの地に上陸」と書かれている。

正面にはラッフルズ卿の像がある。

南にはラッフルズ卿の上陸地点がある。




シンガポール・白いラッフルズ像
(画像お借りしました)



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