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個別記事の管理2014-11-18 (Tue)
お墓参りを済ませ、ご近所の挨拶回りも済ませ

やっと落ち着いた暮らしが出来る様になった。



私が四国から東京に行った時は、

方言で嫌がらせを受け散々だった。



しかし、大阪に来てみると、

ご近所さんは皆さん、

東京から来はった新婚さんの奥さんや!

何でも分からん時は聞いてや!

大屋さんの奥さんも

何かと勝手が違うやろから、困ったら

あんじょうするからゆうてや!



と言って、とても親切にして下さったのだ。



これって、一体なんだったのだろうか?

文化の違い?  それとも大阪の人間性?

東京ではあり得ない。  四国ともまた違う。

有難い御言葉にとても嬉しかったのだ。



夕方になり、粗方夕御飯の支度が出来ると、

誰からともなく外へ出て来て、二人・三人と寄って来る。

なんとなく輪が出来て、子供の話やら、買い物お話やら

井戸端会議が始まったのだ。

旦那さまが帰宅されると一人減り、二人減りして行く。



そこで、私は色々な生活習慣や地域の事など

教えて貰ったのだ。



そんな、こんなで新婚生活は孤立する事もなく、

皆さんと和気藹藹と

楽しく過ごして居たのだ。




井戸端会議

江戸時代までは長屋と呼ばれる集合住宅があった。

そこには共同の井戸が存在した。


井戸に水を汲みに来た主婦が、

水を汲む順番を待っている間や、

洗濯をしながら主婦同士で

人の噂や世間話をしていた。

その様なお喋りをする様子をからかって

俗に井戸端会議と呼んでいた。



近年は子供を幼稚園に送って行った後のカフェなどや

主婦では無く、OLが昼休みに繰り広げるお喋りも

井戸端会議と呼ばれる。


井戸端会議



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個別記事の管理2014-11-17 (Mon)
新婚旅行から帰り、荷物が片付いた所で、

次の週に、松山へ私の祖母に報告と、

彼のお家のお墓参りに行った。


 

大阪港を夜9時に出港すると、

あくる朝7時に松山港に着く。

船中泊となる。

これが一番時間のロスが無くいい方法だったのだ。



松山港に着いてゆっくり朝食をすませる。

お墓参りの為のお花を買い、

電車に乗ってお墓に到着。



お墓参りを済ませ、荷物があるので、

先に祖母の家に行く事にした。



祖母の家は小高い丘の上にあり、

家の廊下から松山城が一望できる一等地に

建っている。



祖父が引っ越して来る時に、

松山城が見える所に家を建てたいと

希望したらしい。

祖父は早くに亡くなったが、

祖母は長生きしたのだ。



祖母の家の玄関に到着するまでには

坂道を登って行く。



この坂道を登って行きながら、

彼は、「ここに来た事がある!」と言うのだ。




祖母に彼を紹介して、色々話している内に、

彼が子供の頃(小学校4年生)、

頼まれて牛乳を配達しに何度か

来た事があると話していた。



祖母と私はびっくり仰天。

祖母は「あの時の坊やがお婿さんか???」

と驚いた。



まさか、まさかの話であった。

『事実は小説より奇なり』である。




落ち着いた所で、道後温泉に入りに行ったのだ。

道後ではお風呂に入り、お土産を買って、

祖母の家に一泊。



祖母と彼はすっかり打ち解けて、

楽しそうに話がはずんでいたのだ。



あくる朝は祖母の家でゆっくりして、

彼が育った梅津寺(ばいしんじ)の家を見に行き、

砂浜で遊び、


松山・梅津寺(1967年)


夜9時の船で大阪に帰港したのだ。



別府航路・大阪港~別府港(1967年)



別府航路・大阪港~別府港(1967年)


あいぼり丸(高松港)
別府航路
阪神 - 今治 - 松山 - 別府航路に旅客船「あいぼり丸」が就航(1967年)


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個別記事の管理2014-11-16 (Sun)
新婚生活が始まった。

彼が会社の独身寮から運んできた

荷物の整理から始めないと

いけなかったのだ。



大学時代4年間と入社以来の4年間の荷物だ。



衣類は柳行李(やなぎごうり)に詰めれていた。

それと布団袋だった。



独身寮では、自分で洗濯をしないといけない。

毎日の洗濯は面倒なので1ヶ月分の

下着を持っていたのだ。



アンダーシャツ(長袖・半袖)を各30枚、

パンツ30枚、靴下30足をはじめ、

何でもすごい数を持っていた。



しかし、上着・ズボン・コート類は

各シーズン4着位しか持っていなかった。




まず、兎に角洗濯から始まった。

一度に洗っても、干す場所と枚数は限られている。

毎日洗濯ばかり・・・・(笑い)




次はお買い物だ。

市場は駅前にしか無かった。



バスに乗れば良いのだが、帰りの荷物が大変なので、

通勤用の自転車を使わせて貰う事にしたのだ。



日曜日と木曜日がお買い物の日に決定。



当時の市場は今のスーパーの様なものでは無く、

いわゆる薄暗い市場なのだ。



市場の中は薄暗いが、品物は新鮮だった。

野菜・果物。魚など、朝取れの物が殆んどだった。



市場のおじさん・おばさんは非常に親切で、

大阪弁で、女のお客さんは年齢関係なく誰でも

ねえちゃん」   と呼んでいたのだ。



ねえちゃん!  ええお魚あるで~~。  どない?・・・

と声を掛けてくる。

びっくりするくらい活きがいいのだ。

東京から来た私にはその歯切れの良さが

心地よかった
のだ。



初め、夕食は二人分なのに、いつもの癖で6人分作ってしまい

一人で笑ってしまった。



近くに酒屋が無かったので、会社の帰りに彼が冷えたビールを

一本だけ買って帰って来る。


そんなおままごとみたいな生活が始まったのだ。




柳行李


柳行李②
柳行李



柳行李④
柳行李


柳行李⑤
柳行李




柳行李

柳行李と言うのは、柳や竹で編んだ入れ物だ。

昔は主に旅行や引っ越しの時に使われていた。

編んで有るので空気の流通があり、カビが生えにくい

今の様に段ボールが無かった時代の

衣類の整理用に重宝した物だ。

昔の映画などでは学生さんの引っ越しのシーンに出てくる事がある。




私も結婚する時に荷物を入れて持ってきたのだ。

子供が赤ちゃんの時は、行李の中に座布団を入れて、

ゆりかご代わりに使って居て事があった。



便利ではあったが、何回も引っ越しする内に、

何時の間にか処分してしまった。



懐かしい思い出だ。


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